top > ふるさとづくり推進ひろば > 越前若狭ふるさとリポート > 名田庄村

名田庄村   越前若狭ふるさとリポート  
  名田庄村 恵まれた自然と緑に満ちた
安らぎのある村
名田庄村
  住民がつくるイベント「星のフィエスタ」  
 
安倍晴明・陰陽道ゆかりの地
安倍清明公画像
安倍清明公画像
 名田庄村は、福井県の西南端、丹波山地中央部の南川断層上に位置する人口約3千人の村です。本村最北部の南川河岸段丘上には縄文時代早期の「岩の鼻」遺跡があり、古くから名田の庄と呼ばれ、公家領荘園として開かれていました。明治22年の町村制施行により奥名田村と知三村が設けられ、昭和30年1月1日に2村が合併し、現在の名田庄村が誕生しました。
 「安倍晴明・陰陽道」は、テレビ番組などで紹介され、平成13年秋の映画化もあって、世間に知れ渡り、人気を呼びました。そもそも陰陽師は、古代中国の「陰陽五行説」を基に発達した「陰陽道」の使い手で、天体観測から暦を作る、いわば科学の専門家であり、その一方で、占いや祈祷、呪術なども行ったとされています。安倍晴明は平安時代後期に活躍した陰陽師で、未来や前世を見抜く力があったといわれています。
 名田庄村はこの「安倍晴明・陰陽道」と深いかかわりのある村です。応仁の乱の戦火を避け、京の都から名田庄村(納田終)に移り住んだ安倍家の子孫3代、約90年にわたり名田庄の地で、暦や天文暦学の研究を進めたといわれており、名田庄村には子孫3代の墓が今も残っています。
 
行政主導型のイベント
星のフィエスタ
星のフィエスタ
 この歴史をもとに、名田庄村では数々の事業に取り組んでいます。土御門(安倍)家や暦の資料を展示した「暦会館」や、星形にした街灯など、また、特産品には「星の浪漫」や星形クッキーなどがあります。その中でも、村のPRに大きく貢献しているのがイベント「星のフィエスタ」です。
 このイベントがスタートしたのは平成3年で、以降、小さな田舎の村で、白井貴子さん、嘉門達夫さんらによる野外コンサートを実施することで、全国的にも大きな宣伝効果を得ることができました。財政的に苦しい面は国の支援によってカバーされましたが、役場職員による行政主導型のイベントになり、住民のメンタル的な部分まではカバーできずに、8年間が経過しました。
 平成10年に国の支援が終了し、財政的に苦しく、イベントがマンネリ化してきたことから、村が考えた方向性は、イベントを休止し、やり方を含めて考え直し、新たな方向性を模索していこうというものでした。
 
住民によるイベント 星のフィエスタ
地元和太鼓グループ「勇粋連」の演奏風景
地元和太鼓グループ
「勇粋連」の演奏風景
 かつて、村では、青年団が活発に活動した時期もあり、県内の市町村を集めて文化祭を行ったこともありました。しかし、青年団の中心メンバーが結婚などで団を去り、新たに入る若者も減り、活動は停滞していき、平成5年には青年団は消滅しました。
 しかし、村主催のフィエスタが休止と決まったとき、「何かをやりたい」と思う若者の心が動きました。
 行政にとっては、思わぬ救世主でした。その救世主が現在の「星のフィエスタ実行委員会」です。彼らは、イベントの規模を小さくしてでも、自分たちで寄付金を集め、村からの支援なく「星のフィエスタ」をやると動き出したのです。
 その中心になったのが、現在の実行委員会委員長である糀谷琢弥さんでした。糀谷さんの呼びかけに集まった若者は、イベントを企画し、寄付金を集め始めました。糀谷さんは、「村のためとかじゃなく、自分たちでやったという充実感を得るために、やってやろうと考えた」と話しています。青年団がなくなり、大勢で何かに取り組む場を失ったのが、別の形で良い方向に進んだのでした。
 純粋な民間スタッフによるイベントとなったのが、平成11年ですから、糀谷さんを中心にした実行委員会で、3年間イベントを実施しているわけです。「最初の年は心配も多かったけど最近は、夏前になればいつものメンバーが集まり、試行錯誤しながらもイベントの当日を迎えることができる。寄付金集めで村内全戸を回るときが一番つらいときだが、寄付金をもらった以上、しっかりしたイベントをやりたい」と話しています。
 また、この「星のフィエスタ」は、村全体がホストとなってゲストを迎えています。実際のところ、ステージの進行や迷子の案内など予定外のハプニングが数多くあり、失敗もありますが、その反省を胸に、同じ過ちは繰り返さないという強い意思を持って実行委員は運営にあたっています。そして、もっといい、もっと素敵な「星のフィエスタ」にしていきたい、そんな実行委員たちによって回を重ね、これからも村に活力ある風を吹き込んでくれることを願っています。
 
実行委員会の手作りイベント
参加イベント風景
参加イベント風景
 実行委員会は、20歳代の若者を中心に約60人おり、毎年、イベントが開催される3か月前から準備に取り組んでいます。イベントの内容は、当然のことながら実行委員たちが自ら考えます。毎年、いろいろな企画をし、参加者を楽しませていますが、平成13年度のイベントでは、「星のフィエスタ」の名前にピッタリのメインイベントとなるものをと考え、新たに「土御門祈願祭」を行いました。これは、来場者に願い事を書いてもらい、火の中に入れると、天(星)に願い事を叶えてもらえるというものです。
 また、当日まで内容がわからない「参加イベント」を行い、優勝者には星に名前をつけられる権利をプレゼントするというものも行いました。実行委員会から、星の名前登録証明書や星の位置を表す図などがプレゼントされました。
 これらの手作りイベントは、参加者からたいへんな好評を得ており、マンネリ化しないよう、実行委員会では常に新しいイベントを考え、「星のふるさと」としてのむらづくりに大きく貢献しています。
 
今後の展望と課題  
 イベントは、本来、やらされるものでもないし、頼まれたからやるものでもありません。やりたいと思う者たちが、自分たちで考え創造していくものなのだと考えています。イベントの達成感がある限り「星のフィエスタ」は続くでしょう。
 今後のこのイベントの課題は、コストをかけずに、いかに多くの参加者に満足してもらえるイベントを行えるか、参加しやすい雰囲気をどのようにつくるか、参加者に「星のふるさと 名田庄村」をどうやってイメージさせるか、などさまざまですが、行政としては、この「星のフィエスタ」に限らず、また他のイベントに限らず、住民主導で行える雰囲気づくりや、住民の意見を多く反映できる体制が課題であると考えています。

星のフィエスタ実行委員会のみなさん
星のフィエスタ実行委員会のみなさん
インタビュー
(フィエスタを終えての感想)
森脇 謙治氏◆星のフィエスタ実行委員会委員
森脇 謙治(もりわき けんじ)氏

 時間が過ぎるのが早かった。充実していたと思う。寄付をもらったからとにかくやったでは、次には続かない。一から十まで自分たちの手でやったから意義がある。本当にえらい(疲労する)という実感があった。中途半端なえらさではこんな気持ちにはならない。来年もやりたい。やることはしんどい、でもやりたい。やれば何かが得られるような気がする。
 
岩崎 澄雄氏 岩崎 澄雄(いわさき すみお)氏
 後片付けをしていたら、何かほっとした。祭り(イベント)をやるまでは不安だったから。今まで話をしたことがなかった人とも話せたし、みんないい顔をしていた。ひとつのことをみんなで成功させようと取り組んで、顔つきが変わってきて真剣だった。こいつもこんな面があるのかと驚くこともあった。今思うと、祭り(イベント)を作っていく過程がよかった。